ふるさとの民話(上刈みかん)

糸魚川には北限のみかんと呼ばれる小さくってすっぱい、種のいっぱいあるみかんがありました。
 秋に収穫された小さなみかん「上刈みかん」を背中にしょって、街の雁木の下にみかん売りの女衆が並んで街を行く人に「みかんを買ってくんなーい」「上刈みかんいらんかねえ」と声をかけます。小さなみかんは一升ますで計って売られたので、別名「ますみかん」とも呼ばれました。
種がいっぱいある上刈みかんは、ふくでのお餅の上に飾られました。種がいっぱいあるのは子宝が授かる、お金が貯まるといわれ縁起ものとしてどこの家でも飾りました。
ところが大正2年(1913年)北陸線が開通すると、甘くて大きな温州みかんがあちこちから(愛知、静岡、和歌山)入ってくるようになり、たちまち”上刈みかん”の人気はガタ落ち。1000本もあった上刈みかんは冬場のまがけという冬囲いをしてやらないと枝が折れてしまう・・・
 その手間が面倒がられ、甘さにたちうちできないという事もあってその数を急速に減らし、只今旧来の原木は3本となってしまいました。
 でも、育てなければという保護運動で小さな上刈みかんの木は20本近く現存しています。
 この”上刈みかん”のお話、新潟県の道徳の教科書にも採用されました。

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