ふるさとの民話(大町観音)

糸魚川の横町に”信の家(しなのや)”という家があって、そこのおばあさんは信心深い人で観音様を一心に信仰しておりました。おばあさんの夢枕に観音様が現れ”汝はわが霊像を求めること久しい。今汝の望み叶えてやろう。京都の大仏師の所へ行くが良い” というお告げがありました。おばあさんは息子に事情を 話し、京へと行ってもらうことにしました。
 息子が京の大仏師をたずねて行くと、大仏師は不思議な顔をして「立派なお坊様が『聖観音、御丈二尺五寸の立像を造って下され。越後糸魚川から受け取りに来る』と言うなり大金を置いて立ち去られました。材料を吟味し彫刻にとりかかろうとした時、一刀も入れることなく出来上がってしまったのです。」という話をなさったのです。
 観音様を持ち帰った息子は大町にお堂を造り安置しました。この観音様を祀るお堂は、観音堂と呼ばれ今も大町にあります。お堂の前に江戸中期に活躍した地元糸魚川の俳人高野九蚶(たかのきゅうかん) の歌碑があります。
 「逢うも不思議 逢はぬも夢の時鳥(ほととぎす)」という句です。
 この観音堂の起源についてのお話は情緒豊かに語られ語り継がれています。

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